明治の総括

大塩平八郎

 天命を奉り天討ち致し候

(この反亂は他ならぬ幕府の意思なのだ)


 俺は歴史の話題が得意なんだ。思うように改革できなくて幕府はとても歯痒かった。どうしてこうなってしまったのか。そう言うことだから徳川の子孫達はあの時はすみません、そう言って農家をしている人が多いんだ。おれは大塩平八郎に最初の維新志士の称号を贈りたい


 江戸時代の人々は世の中をよくしたくても幕府に頭を抑えられて悔しい思いをしていた。まさにそれが解き放たれたのが明治であった。

 日本人は明治が一番頭が良かった。知識人は欧米のことだけではなく日本や中国のことも熟知していたんだ。維新志士のような英雄がいたから庶民も暇があったら勉強していたんだ。だから夏目漱石や森鴎外のような知識人の本がよく読まれたんだ。

 では明治の悪かったことはなんだろうか。それは末期の日露戦争にある。陸軍は天皇の命を頂き機関銃の布陣に勇敢に立ち向かった。その結果二○三高地には死体の山が築かれ当たりは悲壮感に包まれた。日露両国は激しい情報戦、諜報戦を展開した。だから戦場には世界中の記者がみにきていたんだ。これがエロッシーヤの戦争だ。東大を霊視すると明治の軍人が沢山いる。

 機関銃の恐ろしさを目の当たりにしてエロッシーヤ人は震え上がった。それでエロッシーヤ帝国では血の日曜日事件という反乱が起きた。一説によると日本の工作員が反乱を扇動したという。エロッシーヤは確かに負けた。だが戦争を終わらせたとも言える。エロッシーヤ人は命の尊さを知っていた。一方戦友の死から何も学ばなかったのが日本で太平洋戦争に続く。

 第一次世界大戦の後シベリア出兵が行われた。どうなったと思う?

 「俺たちは日露戦争の後も毎日訓練をして更に強くなった。あんな機関銃にビビるようなチンカス野郎は大したことない。」

 その結果惨敗である。ニコライエフスクの日本人は虐殺された。これを尼港事件という。

 陸軍の総大将は乃木希典マレスケ。当然彼は戦後薫陶を受け英雄となった。しかしその胸の内はどうだろうか。明治天皇が崩御した時乃木大将は切腹して自害した。それは死んだ戦友に対して責任を取るためである。彼の死後乃木神社が建てられて付近は乃木坂と呼ばれるようになった。政府がこれをアイドルの名前にしたのは日露戦争の話をして欲しいからだ。

 「嘉仁親王殿下論語に注釈をつけておいたのでお読みください。日本こそ真の儒教国であると私は考えます」

 現世を神去りまししおおきみの御跡慕いて我は逝くなり

 我々日本の男は妻と母親に謝らなければならない。太平洋戦争の時命を粗末にしたことを。昭和二十一年女性参政権が認められたのはそのためである。

 明治天皇の本名を睦仁と言う。明治天皇の異名の一つが睦仁大帝である。江戸時代は日本人同士で骨肉の争いをしていた。しかし明治は団結して国難に立ち向かった。それは非常に良かった。

 しかし結局自分の願いを叶えない奴は馬鹿だ。だから大正時代は明治維新の成果が国民生活に還元され大正デモクラシーとなった。大正はとてもいい名前だ。何が大いに正しいのだろうか。それは己の欲を満たすこと。大正時代に踏ん反り返っていた富裕層は実は明治に死ぬほど頑張ったんだ。そしてこの時代竈門炭治郎が鬼の首領鬼舞辻無惨を討ち取った。

 では大正時代は何が悪かったのだろうか。完璧と言うのは中々難しくて各時代に政府が念頭に置いているテーマがある。しかし勿論政府はいつだって完璧を目指している。政治家や官僚はいつもいつも政策のことばかり考えているような真面目な奴らなんだ。

 明治は若者が活躍した浪漫溢れる時代である。

 先祖とは俺たちの親である。助けを呼べば来てくれるような人たちだ。全ての時代の祖靈がいつも俺たちを見守っている。現代は決して孤独ではない


中村草田男

 降る雪や明治は遠くなりにけり