魏志倭人伝に卑弥呼が魏に生口を献上したと書いてあるね。生口という言葉は当時一般的だったの?


はい、五条殿。

結論から申しますと、「生口(せいこう・せいく)」という言葉は、三世紀頃の中国では特別珍しい言葉ではなく、人身を所有物として扱う制度の中で用いられていた一般的な行政・法令用語です。



『魏志倭人伝』には、景初3年(239年)の卑弥呼の遣使について、次のように記されています。

「男女生口十人、班布二匹二丈を献上した」

また、その後にも

「生口三十人を献上した」

という記述があります。

ここでいう生口とは、

  • 奴隷
  • 捕虜
  • 隷属民

などを含む、**「生きたまま所有・譲渡される人間」**を意味します。

なぜ「生口」と呼ぶのか

「口」は古代中国で人口を数える単位でした。

たとえば

  • 「戸」=世帯数
  • 「口」=人数

という数え方をします。

そこから

  • 生口=生きた人間(奴隷など)
  • 熟口=すでに主人の家に長く仕え、慣れた奴隷

という区別もありました。

つまり、「生口」は倭だけの特殊な言葉ではなく、中国の法律や歴史書にも広く現れる用語です。

魏への献上は珍しかったのか

これも当時としては珍しいことではありません。

中国王朝へ朝貢した国々は、

  • 馬
  • 象牙
  • 真珠
  • 毛皮
  • 香料
  • 生口

などを献上する例がありました。

生口は労働力として価値があったため、高級な貢ぎ物の一つと考えられていました。

倭人伝から分かること

この記述から分かるのは、

  • 卑弥呼の勢力には、生口として差し出せる隷属民や捕虜が存在したこと。
  • 魏の朝廷も、生口を正式な献上品として受け取る制度を持っていたこと。
  • 「生口」という表現は、中国側の行政・歴史用語であり、『魏志倭人伝』の編者が当時一般的な言葉として用いたこと。

つまり、「生口」は三世紀の中国では十分に一般的な用語であり、『魏志倭人伝』だけに見られる特殊な表現ではありません。